誤嚥性肺炎を防ぐ手術とは?気管切開と喉頭気管分離術の違いと家族の選択【体験記】|膿胸から学んだこと④
母が膿胸だと診断され、徐々に回復傾向がみられたときに、医師から「気管切開」と「分離手術」の提案を受けました。
大脳皮質基底核変性症によって、喉の動きが悪くなる。
(これは前回の記事で主治医の言葉と共に記録しています)
そのため、喉から食べ物や唾液が気管へと流れ落ちていき、誤嚥性肺炎の原因になる、というリスクがあります。
母の場合は、胃ろうを造設しているため、食べ物が気管へ入ってしまうことはないのですが、口腔内で汚れた唾液が流れ落ちるリスクがあるのです。
実際に、膿胸が落ち着いてきたとき、誤嚥性肺炎の様子がレントゲンで確認されたのです。
このため、医師から今後の対策として、2つの方法を教えてもらったのでした。
漠然と知っていた「気管切開」と「分離手術」ですが、どこまで望むのかという本当に辛い判断を迫られることにもなったので合わせて記録します。
今後の誤嚥を防止するための手術とはいえ、麻酔をして行い、痛い思いをして、どこまで対応するべきなのか、母の代わりに判断しなくてはならないことはつらいことでした。
それでも医師と十分に話して、今回はやらないという選択をしました。
この先の内容についてはご自身の判断により読むか読まないかを選択していただければと思います。
1.気管切開と分離手術
どちらも誤嚥性肺炎を防止する処置です。
「気管切開」とは、喉と気管を直接切開し、空気の通り道を確保する方法です。
私は、母の施設に入所されている方や、通院時に見かけたことがあります。
簡単にいえば、喉に穴をあけて、チューブを入れて、呼吸をしやすく、痰の吸引を行うことで、誤嚥性肺炎のリスクを下げることができる、と医師が図をかいて教えてくれました。
この場合、誤嚥リスクを下げる効果はあるけれども、「分離手術」ほど完全ではない、とのこと。
一方で「分離手術」とは、「喉頭気管分離術」と呼ばれるもので、簡単にいえば喉と気管をわける、切開した上の部分(喉から切開部分まで)は閉じてしまう、でも誤嚥は確実に防止できる方法だと医師から教えてもらいました。
どちらも麻酔を使って行う手術です。
麻酔が切れれば痛みがある
違和感もある
もとに戻したくでもできない
声が出なくなる
それでも大脳皮質基底核変性症で避けられない誤嚥リスクを少なくして、「穏やかに過ごせる可能性がある」と医師は言いました。
2.母のかわりに行う意思決定
毎日穏やかに過ごしているときは何もありません。
でもひとたび、病気になると、「選択しなければならない」状況が突然訪れます。
今回のように、
「手術をするか、しないか」
という選択もそのひとつです。
そしてその選択は、本人ではなく、家族が担うことになります。
母が話をすることができなくなってからというもの、すべて介護者の私の役目になりました。
母の人生を私が背負っているようなイメージ。
今回の入院でも、病院に入るやいなや、
「延命措置はどうしますか?」
「ここに娘さんのサインをお願いします」となりました。
母はどうなるの?という不安が心を占める中で、頭の中は真っ白状態。
そんなタイミングでの問いは、ただの言葉でしかはいってきません。
それでも答えを決めなければなりません。
「あとでいつでも変えることができます」と言われても不安と重圧は大きいものです。
それでもいったんどちらかに決めないわけにはいかないのです。
なぜなら、何かが起こったとき、医師たちはその承諾書の内容に従って処置を行う必要があるから、ということでした。
この「延命措置」とは「心臓が何らかの理由で止まった場合どうするのか」でした。
そのあとに、「機械や薬を使ったり、心臓マッサージを行う」かどうか。
命に関わる選択なので、誰だって迷うのは当然。
母の代わりにする「命」に関する選択はこれまでもありました。
「病院に運ぶ?」
「このまま施設で苦しむだろうけど何もしないで終わりにする?」
「胃ろう造設する?」
「しなければ、だいたい半年くらいで終わりを迎えます」
「お母さんの意思は?」
「元気なときになんて言っていた?」
当然誰もがこう聞きます。
でもー
本人の気持ちって変わらないの?。
元気なときって、5年以上も前のことだけど?。
そのときの気持ちと今の気持ちは必ずイコールなの?
一度言ったら、意思を変えることはできないの?
3.父のときの選択
私には忘れられない経験があります。
父が誤嚥性肺炎で入院したとき、医師に言われました。
「口から食べれなくなったら人はある意味終わりです、どうしますか?胃ろうしますか?点滴にしますか?」と。
父はそれまでに何度か「延命はしない」と言っていたので、そのように代わりに答えました。
そして、1カ月ほど先に終わりを迎えるだろうことを告げられたのです。
その時点で父は意識があり時折目をあけて、私と母の姿をしっかり見ていました。
それが徐々になくなり、どんどん痩せていきました。
直視できないくらい痩せていきました。
介護している母も私も耐え難いものでした。
そんなある日、眠っていた父が突然目を開けて、私にはっきり言ったんです。
「俺は生きたい、生きたいんだ」
私はすぐに判断を覆し、治療をお願いしました。
その後、父は数年間生き、母と会話をし、散歩に行き、私のことを気遣ってくれました。
この経験があるからこそ、私は「意思」というものがわからなくなってしまったのです。
そして最期に向かうときにはどうしても乗り越えないといけない辛い状況があるようです。
父はそれを乗り越えることができなかったという話をしてくれました。
そして私はといえば、もう少しで勝手に父の命を私が粗末にしてしまうところだった、と深く心に残っているのです。
そして、この話を医師は静かに聴いてくれました。
4.「気管切開」も「分離手術」もしないという選択
「気管切開」と「分離手術」の提案を受けたとき、私は深く悩みました。
そんな私に医師は「あくまでも自分の考えですが」と前置きをしてから話をしてくれました。
- ・今回「やらない」を娘さんが選択したとしても、お母さんの命を粗末にしたとは思わないだろう、自分も思わない
・娘さんが自分を責める必要はない
・こうやって娘さんが悩んで向き合っていること自体、粗末にしていない
そして、続きます。
- ・お母さんは抗生剤を少し投与したあとは自力で膿胸を治している事実がある
・医師は「do no harm」という考え方がある、これはよかれと思って行う医療が逆に負担になることがある
・「気管切開」や「分離手術」を行えば、お母さんは痛みや違和感、不快感が出ると思う
・自分の力で治しているお母さんにとってどうかなと思う
まとめ
医療は多くの選択肢を提示してくれます。
だからこそ、選ばなければならない場面が増えます。
今回、私は「気管切開」も「分離手術」も行わないという選択をしました。
それが正しいのかどうかは、今でもわかりません。
どんなに医療が進んでも、最後に選ぶのは人であり、その責任を背負うのもまた人です。
きっとこの先も悩み、考え、真剣に向き合うことが増えてくるかもしれません。
それでも、今回、医師の言葉を聞いて、
「do no harm(害を与えない)」という考え方を、これからの介護の中での道しるべにしていきたいと思いました。
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