大脳皮質基底核変性症|確定診断から7年間続けている車いす散歩
大脳皮質基底核変性症と診断され車いすに乗るようになって7年が経とうとしています。
大脳皮質基底核変性症になると、歩くことがだんだん難しくなり、車いすが必須になります。
そして、もっと進行すると、ほとんどの時間をベッドに寝たままで過ごすことが増えます。
それをみると「もう散歩には行けないかな」と思ってしまうことが何度かありました。
それでも、母は車いす生活になってから約7年間、車いす散歩を続けています。
この記事では、専門的なリハビリの話ではなく、私が「日常」として続けている「散歩」について紹介します。
1.「移動すること」を失わないために
「車いすでの散歩」を続ける一番の目的は、
「移動できる」という行動を手放したくないから。
失った機能を取り戻そうと思うと、元気な私たちですらリハビリに専念しなければなりません。
今の母の状態で機能を失ったらもう取り戻すことは不可能。
だからこそ、なんとか機能を保ち続けることにこだわっています。
私たちは普段行きたいと思ったときに、自由に移動できます。
自分の意思で、例えば、「窓を開けよう」と思えば、
窓のところまで行き、窓を開ける。
トイレに行きたいと思えば、トイレまで移動する。
普通にできる人にとっては、なんてことはない日常の動作であり、気にも留めないこと。
でも、大脳皮質基底核変性症で歩くことができなくなった母にとって
ある場所から違う場所への移動は、特別なことになったのです。
2.車いすに乗れることも、大切な機能
「移動する」ことができるのは当然車いすが必要です。
でも車いすがあれば解決するというわけではなく
車いすに座って座位を保持すること
段差があるときに揺れる車いすにうまく乗り続ける力があること
点滴などがない状態でいること
体調が安定していること
こうした条件がそろって初めて外へ出られます。
ベッドから母は動くことができなくなってしまう未来もあるでしょう。
そうなるまでの時間をできる限り続けるために
機能を持ち続けたいと考えたからです。
散歩以外にも、月一の通院ができるのは、車いすに座っていることができるから。
母が信頼を寄せている主治医に会うことは、母にとって一番安心すること。
たとえ待ち時間が長くても座位を保ったままでいることができるからこそなのです。
3.外の景色は心のリハビリにもなる
現在は私が連れていく散歩と外部サービスを使って出かける散歩の2種類があります。
どちらもそれほど長くはありません。
「散歩(移動)」を
「日常の出来事」にしているので、「ちょっとそこまで〜」という感覚です。
ベッドから、自分の部屋から、移動して
外の空気をすうことは
気分転換になります。
ベッドの横で声掛けをしているのとは違い、
母は私の話かけに耳を傾け、返事をする。
四季を目で見て、肌で感じて、車の音、飛行機の音、子どもたちの遊ぶ声などを聞くことも、母にとってはリハビリとなっていると感じます。
4.最近見つけた便利なアイテム
最近は日差しが強くなってきて暑くなってきました。
母も私も帽子をかぶって日陰を頼りに散歩に行っていたのですが
車いすに簡単につけることができるUVカットの傘を見つけました。
この傘のおかげで、母だけでなく私も傘によってできる影の中にいて、歩けるようになりました。
傘の中は、意外と思うほど暑さが和らぎ、散歩を続けやすくなっています。
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