大脳皮質基底核変性症の介護|答えの出ないモヤモヤと、私が向き合ってきた時間




大脳皮質基底核変性症の介護|答えの出ないモヤモヤと、私が向き合ってきた時間


先日、友人と、ふと親の介護の話になった。

「介護するって初めてのことばかりで、どうしたらいいのかわからないことばかり…」
「経験があれば、もしかしたらもっと良い方法を考えることもできるのだけど…」

そんな言葉が、ぽつりぽつりと友人の口から続いて出てくる。

「親を病院へ連れて行っても、良くはならないし」
「施設に見学に行っても、ここに親を入れるのか決断できないし」
「家ではお世話できないから仕方がないんだけど、なんだかね」
「自分の親なんだけど、自分の人生も大事だし」

この言葉を聞いたとき、その一つひとつが、とてもよくわかる言葉だった。
そして私は自分を見ているような気がした。

そうなんだよね
いつまでたっても、すっきりと解決しない。

自分が一生懸命やれば何とかなる、という問題でもない。
弱ってきた親を、見て見ぬふりもできない。

私も、同じモヤモヤの中にいたことがある。

誰と話したって、すっきりしない。
誰に相談したって、答えは出ない。
今だってそう。

それはきっと
「正解がない問題だから」なのだと思う。


でも——
ひとつだけ私が大事にしているもの。

それは、同じ境遇の人、
あるいは、すでに経験してきた人と話すと、
ふっと肩の力が抜ける瞬間があること。

「そっか、それでいいのかもしれない」

ちょっと先行く先輩がそういうなら、そうかもしれないな。

そう思えるだけで、少しだけ楽になる。

医師など専門家に話を聞くのも大切だけど
正直なところ、心の内を聞いてもらうには、少し勇気がいることもある。

先の友人にこう聞かれた。

「こんなに長い時間抱えているモヤモヤを、どうやってやり過ごしてきたの?」

私の答えは、とてもシンプルだ。





1.私の答え



「やり過ごしてきた、というより
抱えたまま歩いてきた、という感じかな」

荷物を持って歩いている感覚。
時々、「荷物重ーい」と思う時もあれば、荷物を持っていることすら忘れているときもある。
でも荷物が手元からなくなったわけではない。
それは私にとって大事にしたい荷物だと思うから、そこにあって当然と思う存在。

最近、母の通院に付き添っていると
同じように高齢の親に付き添う人たちをよく見かける。

娘さん、息子さん、義理の娘さん。

その姿に、
昔の自分と母の姿を重ねることがある。

きっとあの人たちも、
同じように悩んでいるのかなと思う。

・これでいいのか
・もっとできることはないのか
・自分の人生はどうなるのか
そんな問いに、
答えが出ないまま、それでも日々を続けているのかもしれない。

大脳皮質基底核変性症の介護に限らず、
介護全般に、はっきりとした正解がない。

考え方も運命も、すべて人それぞれ。

だからこそ、苦しい。

でも同時に、

「迷いながらでも向き合っていること自体に、意味があるのではないか」
きっとそう。

2.悩みの共有



もし今、あなたが同じように悩んでいて、聞いてもらえる誰かが近くにいないなら——

大脳皮質基底核変性症の介護をしている方限定ですが、ご連絡ください。
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