大脳皮質基底核変性症|診断から5年のリアル(症状編)
大脳皮質基底核変性症はゆるやかに進行する
という主治医の話のとおり、
日常生活の中にこの病気が溶け込み、
病気の存在が特別ではないかのように、
もっとわかりやすく言えば、
私たちがだんだん老いていくことと同じように、
ここまで時間が過ぎてきました。
母の場合、日常生活を送る上で
急激にできなくなったという変化が
(入院するほどの発熱によって進行が加速したことを除けば)
少なかったからかもしれません。
母は認知症を伴わなかったため、
病気に対しても、
生活のことに対しても、
自分の意思でコントロールし、
そして私に対して母であるという存在を持ち、
過ごしてきました。
そのため、母ができるだけ機能を失わないようにと考え、
さまざまな分野の専門家に頼ってやってきました。
私は、母の病気を時間と共に受け入れながら、
母が老いていくがごとくの緩やかな進行様に合わせて、
そのときに最良だと考えることを
試し試し行ってきました。
母の現在の様子は
一般的には「寝たきり」の状態
と言われるものかもしれませんが、
車いすで座位姿勢を保持することが数時間でき、
わずかながら簡単な会話ができ、
少量ではあるもののプリンやゼリーを楽しむことができています。
多くの専門家の人たちの十分な力添えがあり、
また母が持つ生命の力(体や運命の力)もあってのことかもしれません。
稀な難病であり、情報が少ない中において、
母を1例として記録することで、
同じ病気の人たちが今後の対応を考える一助になれば、
その人らしさを失わず生きていける可能性があると考えます。
1.大脳皮質基底核変性症の症状とは(厚生労働省サイトより引用)
引用(外部リンク):(厚生労働省「7 大脳皮質基底核変性症 3.症状」
----引用:厚生労働省「7 大脳皮質基底核変性症 3.症状」----
神経学的には左右差のある錐体外路徴候と大脳皮質の症候を主徴とする。典型例では、一側上肢の「ぎこちなさ」で発症し、非対称性の筋強剛固縮と失行が進行する。錐体外路徴候の中では筋強剛がもっとも頻度が高い。 振戦はパーキンソン病と異なり、6-8Hz、不規則でjerkyであるという特徴がある。局所のミオクローヌスもしばしば振戦とともに観察される。進行すると姿勢保持障害や転倒が出現する。左右差のあるジストニアはほとんどの患者でみられ、上肢優位である。 大脳皮質の徴候として、肢節運動失行、構成失行、失語、半側空間無視、他人の手徴候、皮質性感覚障害、把握反射、認知症、行動異常などがみられる。構音障害、嚥下障害は進行すると出現するが、四肢の障害に比べ軽度である。眼球運動障害・錐体路徴候もみられる。 画像や検査所見にも左右差がみられるのが特徴で、CT/MRI は初期には正常であるが、進行とともに非対称性の大脳萎縮(前頭葉、頭頂葉)が認められる。SPECTで大脳の集積低下、脳波では症候優位側と対側優位に徐波化がみられる。
----引用ここまで----
2.症状ピックアップ
厚生労働省の記事をもとにして、
母に出てきた症状を照らし合わせてみました。
出現してからずっと抱える症状もあり、
ひどくなっていく症状もあり、
最近になって出現してきた症状もあります。
母が大脳皮質基底核変性症と診断される前と
診断されて5年を前半後半と分けて
表にまとめました。
症状 | 診断される前 | 診断後前半 | 診断後後半 |
---|---|---|---|
ぎこちなさ | 〇 | 〇 | △ |
非対称の筋強剛固縮 | 〇 | 〇 | 〇 |
失語 | 無 | 無 | 〇 |
半側空間無視 | 〇 | △ | △ |
性格や行動の異常 | 〇 | 無 | 無 |
気分の落ち込み | 〇 | 〇 | 〇 |
構音障害 | 無 | 無 | 〇 |
嚥下障害 | 無 | 無 | 〇 |
眼球運動障害 | 無 | 無 | 〇 |
◆「一側上肢のぎこちなさで発症」
母の最初の訴えは
「右手の感覚がおかしい」
「握っても自分の感覚ではない」
「自分の手じゃない」
「力が入らない」
「24時間ずっと痛い」
と毎日のように常に言いだしたのが始まり。
それも、ある日突然。
◆「非対称の筋強剛固縮」
右側に強く表出。
診断前の時期に、触れただけでも飛び上がるような痛みがあるとよく言っていた。
「経験したことのない痛み」という表現。
◆「振戦」
最近は左手の震えあり。
右手に出ていたのは初期の頃。
それよりも「痛み」に気を取られあまり感じていなかった。
◆「左右差のあるジストニア」「上肢優位」
筋肉が異常に緊張しつづけている。
そのため診断時には右手を固く握りしめ
胸の前にあるのが常態となり、
伸ばすことができず、
診断後前半には九の字に曲がったままとなる。
手のひらを見ることが難しいくらい
力が入っていた。
現在は体との間にタオルを挟んだり、
にぎにぎを握らせている。
最近では右手のひらの力が抜け、
私たち介護者が手のひらを開けることができるようになった。
右足も九の字となり、
また肩付近も強い緊張のため
後屈気味になったのは、最近のこと。
◆「失語」
最近徐々に。
診断後前半時に
「話そうと思うと苦しくなる」
「話そうとするとぼわーっと頭のどこかが熱くなる」
と言っていた。
◆「半側空間無視」
以前はたまにあったが、
現在はそれを母の様子から知ることはできない。
◆「行動異常」
診断前の時期が特にひどかった。
いま振り返ってみてもこの時期が
私にとって苦しくて辛い時期だった。
◆「認知症」
主治医からはないと言われている。
◆「構音障害」
診断後後半から徐々に。
◆「嚥下障害」
ちょうど1年前から。
食欲の喪失をきっかけに。
現在はお楽しみとしてプリンやゼリーを少量食べることができる。
◆「眼球運動障害」
「目が見えにくくなった」
と言ってテレビを嫌がるように。
携帯でのメールもやらなくなったのが、診断後前半。
最近は目を開けて注視しにくいようだ。
3.まとめ
厚生労働省の記事(大脳皮質基底核変性症の症状)を
もとに母の症状を照らし合わせてみました。
主治医に「だいたいの症状が出揃いました。」と言われたとおりです。
この病気は診断すら難しいと言われており、
症状をひとつずつ追いかけていくと
合致することが多く
正真正銘の大脳皮質基底核変性症なんだと思うところです。
母の症状を表から読み解くと、
この難病に罹ると最初は外見的にわかる身体的症状が出てきています。
そして徐々に口周りのこと(言葉)に集中してきています。
となれば、
初期には身体的なケアを重点的に行い、
できるだけ体の機能を落とさないようにする必要があります。
母は現在車いすに乗って散歩に行くことができます。
車いすはスタンダードタイプのものです。
最初からずっと同じ型の車いすを使っています。
同じ型に乗り続けることは
母にとって変化がなく
安定どころを体得しているのかもしれません。
スタンダードタイプの他には
リクライニングタイプがありますが、
スタンダードタイプの方が軽量でかつ足回りも良いため、
私にとって扱いやすい車いすなのです。
外に行けば、
ちょっとした舗装のガタガタ、
じゃり小石、段差などが意外にも多く、
母は突然の横揺れや縦揺れを感じ
自分でバランスを保っていないと
車いすから落ちてしまうことになります。
ある程度の体幹を持ち続けるように
リハビリを行っていくことで、
ベッド上にいるだけではない
ちょっとした気晴らしを手に入れることができます。
口周りの機能の症状が出てくる前に、
充分に会話をし、生き方や考え方など
よく聞き取っておくことや、
万が一のためにお金の管理や命の管理など
充分な話し合いをしておくことができます。
また、言葉ではない会話(指さしや瞬き)を
習慣づけておくことで、
もしかしたら言葉を失ってしまったときに、
代替になる可能性が出てきます。
これは私が母にしてあげれなかったことなので、
母の気持ちがわからないことや、
言葉が聞き取れないときなどに、
申し訳なく思ってしまいます。
言葉を失いつつあるとわかった時点では、
新しいこと(新しいコミュニケーションの方法)を
始めるには身につかず不可能でした。
いずれにせよ、
持っている機能をできる限り落とさない
というのが、できる限り長く人が人らしく生きていける方法
だと思っています。
難病で治る見込みが今のところないからこそ、
前もってリスク管理をすることが大いに役立つのではないかと思います。
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